2022年8月第1週

◆2022/08/01
 朝起きたら8月。月曜日。週末のフジロック配信ライブの余韻が冷めぬまま、Japanese Breakfastを聴きながら仕事へ向かう。家を出たときの涼しさは、職場に着く頃には暑さに変わっている。本日の最高気温36度。空調服装着、風力マックス。OS1チャージ完了も、暑すぎて仕事にならんと、昼過ぎにはさっさと帰宅。昼食後に、先週買った松岡正剛『読書の裏側』を読む。ジョージ・サンタヤナの言葉を引いて、「過去を記憶できない者は、罰として過去を繰り返す」に、はっ!とし、緑の付箋を貼り、読書を続ける。夜は冷凍うなぎを食べる。どんな鰻もだいたい美味しい。とは言いつつ、極上は、三ヶ日の加茂の鰻重。それから、朝、出勤前に用意しておいた水出しの政所茶を飲む。驚愕。舌先が痺れえうほどの衝撃。うまい!気づけば、いつの間にか、そこにお茶はなく、その舌先の感覚と甘美な味わいの記憶しかない。幻だったのだろうか。『読書の裏側』を読んで、寝る。今日からまた日記をはじめます。「よくみれば なずな花さく 垣根かな」

◆2022/08/02
 朝起きて、仕事へ向かう。狭い路地を抜けて、国道に出たら、窓を全開にし、カーステレオの音量の「↑」ボタンを10回押して、BeyonceのRENAISSANCEを流す。ひとつも信号に引っかからずに職場へ到着。ラッキー。今日も暑すぎて、昼過ぎに帰宅。玄米チャーハンを食べて、『読書の裏側』を読み終える。「教養もリベラルアーツも、一人で身につける知識というものではなく、互いに互いがあいだを深めあうことなのである」と言い放つ松岡さんに頷く。そうなのだ、本は解放されるのを待っているのだ、Dead Poets Society(死せる詩人の会)のように自由闊達な場を求めているのだ。それから、『もものかんづめ』と『世界×現在×文学』をバリューブックスで買う。本ばっかりはあれこれ考えずにすぐポチってしまう。本という免罪符の効能なのだろうか。まあいいや。夜はフットサルの練習へ。明日も36度らしい。

◆2022/08/03
 朝起きて、コーヒーを淹れ、仕事へ向かう。今日も暑すぎて昼過ぎに帰宅する。三日も暑さがつづくとさすがにぐったりくる。少々の寝不足と重なりあって、昼食後はシエスタ。復活して、最新千夜が更新されていたから読む。富永仲基の『出定後語』。丁寧な文体に、気を引き締める。松岡さんが空海三教指帰』と仲基『出定後語』を通して、「日本人が海外からやってきた外来思想をどう編集したのか」が語られていた。「古代の空海と近世の仲基の二人が、仏教をどのように見たのかが大きなヒントになる」と。そこに、民俗学的な風俗を用いるべきではないかと。日本人の「思想の見方」が大事になるのだと。夜、汗をかきながらカレーを作る。またグルテンフリー、カゼインフリーをはじめて数日が経つけれど、カレーが一番コントロールしやすい。種類も豊富で、食材もたくさん使える。今日は豚ひき肉と、にんじんと、万願寺とうがらしキーマカレー。食後にすももサイダー。うまい。折坂悠太のインスタライブを聴きながら洗濯物を干す。「のびやか」の弾き語り、最高だね。同世代の歌に哀愁や懐かしさを感じる、すごい。はっぴいえんどの「夏なんです」のカバーを聴いて寝る。明日の車内は、はっぴいえんどの予感。

◆2022/08/04
 「キャンプけ?」。朝、ゴミを捨てに行く幼馴染の親父に、仕事へ向かう車に乗り込む前にすれ違う。メッシュのハットを被り、ビーサンで、出勤しているのだから仕方ない。ギンギンギラギラの夏なんです〜、はっぴいえんどの「夏なんです」を聴きながら、仕事へ。曇りがちで日差しはないのだけれど、夏は夏だ。昼過ぎに仕事を終わらせて、帰宅する。昼食後はシエスタ。雷で起きたのが16時。大雨。停電。しばらくして復旧。昨日の最新千夜で松岡さんが、空海と仲基に影響を受けたことを思い出し、千夜千冊750夜の空海三教指帰・性霊集』を読む。「森林では雨季が多く、こういうときに焦って動いては事態の成り行きが眺められない。むしろじっとしているほうがよい」とある。そしたら、また雷が落ちて、停電。エアコンも、扇風機も、wi-fiも、電灯も切れて、暗くなる。モバイルバッテリーで駆動するMacbook Proの画面とキーボードだけが明るい。不意打ちの天災に、電気のない生活というのはこういうことなのかと考える。電気が使えなくなれば何もできないやと悲観せずに、その中でどうしていこうか考えようと思ったら、また電気がついて、エアコンが動き出したから、考えるのをやめる。晩飯を食べて、日記を書く。言葉はコミュニケーションの手段であり、世界を見るための道具でもある。空海は言語の力を持って、ひとびとの認識を、世界を見る目を変えた。ソンタグはキャンプという感覚を浮き彫りにするために箇条書きを使った。日記というスタイルと言葉を用いて世界をよく凝らして見ようと思う。

◆2022/08/05
 4時半起床。6時から仕事。曇り時々雨。涼しい。年配の女性がひとり住む裏山の草刈り。山の中腹に祠があり、祖霊を迎えるために、綺麗にしておきたいと、毎年お盆前に出向いている。昼には仕事を終えて帰宅。睡眠時間少なく、眠気に襲われ、シエスタ。起きたら、バリューブックスから本4冊が届く。リン・ティルマン『ブックストア―ニューヨークで最も愛された書店』、横山真佐子『人生ではじめて出会う絵本100―あかちゃんのための50冊おとなのための50冊』、さくらももこもものかんづめ』、越川芳明『世界×現在×文学ー作家ファイル』。目次読書で頭の中にマッピング。20分湯船に浸かり、溜まったメールを読みながら、大汗かいてデトックス。汗でしか抜けない毒素があるので、できるかぎり毎日、20分以上は浸かる。晩飯は残りのキーマカレーとポテサラ。食後、DOMMUNEでCAPTAIN VINYLを聴きながら、ストレッチポールでストレッチ。一家にひとつストレッチポール。毎日5分、身体の歪みを整えて、腰を伸ばせば、翌日全快。無双番茶で一息入れ、秘薬・御岳百草丸で腸を整えれば、30分後には眠気がやってくる。

◆2022/08/06
 6時に目が覚め、二度寝。8時に起き、カビなしコーヒーを淹れて、買い物。鈴鹿山脈に分厚い雲が引っかかっている。西から東へ流された雲は南北に這う山脈に跳ね返され麓に雨を降らせる。その麓の野菜直売所が混み合っている。トマト、ピーマン、ズッキーニ、バジル、永源寺こんにゃくを買う。今週はイタリアっぽい献立になりそうな予感。三二酸化鉄の赤い永源寺こんにゃくで鉄分をチャージ。帰り道に、ホームセンターに寄る。星型のトルクスドライバー27型とラジオペンチを手に、レジへ向かっていると、老夫婦に店員と間違えられる。「この草刈機に合う刃ってどれかな」「エンジンのサイズ的に、これですかね」「ありがとう」と店員のふりをしてその場を去る。どうして店員と間違えられたのだろうか。ダリの「記憶の固執」Tシャツを着ていたのだけれど。帰宅して、昼飯を。勝手に料理の師とあおぐ、有元葉子さんのオイル煮にする。たっぷりのオリーブオイルにニンニクを入れて炒めてから、大きめにカットした玉ねぎ、ズッキーニ、トマト、バジルを鍋に入れ、塩こしょうで味付けし、弱火で野菜がやわらかくなるまで煮る。うまい。夕方、秋の気配のする風が窓から入ってくる。この風を感じると、Joni Mitchellの『夏草の誘い』(原題:The Hissing of Summer Lawns)が聴きたくなる。近年難病を患って、大きな手術をしたジョニ・ミッチェルがニューポート・フォーク・フェスティバルで歌っているのを見て、ウルっとくる。( https://youtu.be/MUVoxjd2Tj0 )。 『黒澤明早坂文雄』、『現代写真論』をそろぞれ一章ずつ読み進めて、寝る。

◆2022/08/07
 5時30分起床。コーヒーを淹れて、盆休みのあれこれを頭でシュミレートしながら、神戸へ向かう。10時から12時までフットサルの試合。気温30度を超える中では息をするのもままならなく、疲れやすい。疲れた身体は言うことを聞かないが、それでも、全力で走りながら、疲れた身体で、頭から最も遠い足を使って、次々に状況の変わる中で、判断を決める。そんなこと、ほとんど現実では起こり得ない。小学生を過ぎれば、全力で走ることも、周りを気にせず大声を出すこともほとんどなくなる。スポーツをそういう非日常的行動を正当化できる場として見たとき、そこには、十分に楽しめる要素が眠っている。体が動く限りはつづけたいとおもう。冷静に世界を俯瞰して、3S政策には気をつけながら。16時帰宅。ビヨンセのRenaissanceを聴きながら、チキンカレーを作り、風呂に入って、洗濯をする。1ヶ月前は、こういうとき、ハリー・スタイルズのHarry's Houseを聴いていたのだけど、いまは、ビヨンセ。いつ聴いてもいいアルバム。「このアルバムを聴いて、楽しんで、とにかくみんなに体を動かしてほしいの」と語るビヨンセに誘われて、お盆休みまでの日を指折り数える。明日は4時30分起床予定。